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2019-03-26

誠実であるということ

 

誠実であること。

これは自分に自信をもって生きる上での
大切なひとつかもしれません。

 

けれど同時に、何が誠実であるということなのかについては、
案外とひとつだけではなく、文化や場所によっても
ずいぶんと違ってくると思います。

 

また、人間として生きる上で、誰しも弱いとき、弱い部分があり、
必ずしも、常にどんな状況でも、誠実さだけを貫けるかというと、
難しいときも現実にはあります。

 

仕事の合間に、日本のドラマ、そしてアメリカなどの海外ドラマを
折々見たりします。

たとえば、グッドワイフ。
もともとはアメリカのシリーズですね。 かなり人気のあるシリーズです。

 

検察や弁護士など、法にかかわる人たちが主人公ですが、
さまざまな人間模様があり、それがドラマの主軸にもなっています。

 

とても興味深いなと思ったのは、同じものを下敷きにしていても、
やはり文化でフォーカスも、伝えたいことも変わるということ。
そして、何が誠実なのかも、文化により違ってくること。

もちろん、誰もが人間としてこれははずせないというものは
あるとしても、日常で遭遇するものには、文化や立場や
さまざまなことが背景としてかかわってくる。

日本と海外のドラマ、両方を見ていると、
その違いがより明確に見えてきて、興味深かったりもします。

 

日本はやはり、情などに訴える部分が多いです。
人間と人間の絆、
あるいは属する場や組織への忠誠心。

 

反対に海外ものなどは、連帯しても、でも基本にあるのは、
個人のこと、個人にとっての真実なこと、個人の利益だったりします。

あくまでドラマの話ではありますが、
その文化の集合意識が知らず盛り込まれていると考えれば、
その違いを考えたり、そこから見える究極のものは・・・という問いにも
発展してゆきます。

 

そしてひとつ気になったのが、
時に、組織や団体へ誠実であること。

そして人間として、個人として誠実であること。

それがいつもいつもイコールではないということです。

 

雛形や思い込みや刷り込まれた暗黙の了解など、
ハートの深いところにはつながっていないもの。

それらはどんどん解かれている今のようにも思います。

 

ただのドラマ鑑賞ですが、
それでもそこから、人間のさまざまな心のひだなど、
見ることができ、私にとっては興味深いです。

そして問いかけが生まれます。

「私にとって、誠実であるということはどういうことなんだろう?」と。

 

これはじっくり考えたいことです。

 

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