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2022-04-09

自分が根底から揺さぶられる時

喚声が響いたところは?

「うぉーーー!」という声が響いたところ、
どこだと思いますか?

 

サッカー場でもないし、実は国会@ドイツです。

 

場面は、数か月ドイツでいろんな意味でたくさんの人が注視していた
接種の強制ということ、それがこの4月に議題に上っていて、

結論、すべて提案が否決された際に、ある政党から起こった声でした。

この騒動が始まってから、どの国もたくさんの混乱と二極化的な
意見のわかれを経験していると思いますが、
ここドイツもそうでした。

このテーマについては、あまり掘り下げて書くと、それで傷つく人もいるかもしれず、
それもありますので、抽象化してなるべく書きたいなと思います。

人が感情的になるところには、恐れがある

接種に対する考え方、それぞれの見解があり、それぞれが信じているものがあるということ。

それは他のことと同様ですが、けれどそれが自分のサバイバルに関するとなると、
人は一気にヒートアップします。

ですから恐れで感情的になって、他の意見がなかなか聞けない状況になります。

正直、そういう空気を感じ続けてきたこの数か月を振り返ると、
今居る国の歴史も振り返りながら、人の恐れからの影響について考えてしまいます。

平時なら冷静に考えるべきところを、感情論が暴走して
全体としての舵を危険な方へ切ってしまう、これは個人でも、国家でも
世界でも起こって来て、今も起こっていることです。

中庸でいられない状況で。。。

そんな中で、一個人としての考えがありつつ、そして同時に
全体の影響を受けずに中庸でいることって、すごく難しいです。

一つには、
「いつも背後で安心できない要素が常にあるために、消耗してしまうこと」が
あると思います。

気を緩めることができる、

心おきない関係や時間、スペースがあること、

感情もエネルギーも、自由にそれ自体で流れさせる余裕があること。

これはつい当たり前と考えてしまいますが、無くなった時に
そのスペースの尊さ、必要性が身に沁みます。

ドイツでのここ数か月

未接種者はドイツではここ数か月、カフェ、レストラン含め、催しには行けませんでした。

冬のどんよりした暮らしの生活の知恵のような、12月の戸外のクリスマスマーケットも
未、既と区分けされ、未の場合は、通りから見えているのに入ることができないという、
なんとも不条理な状況だったりしたわけです。

「空気を分けることができるんだろうか??」

なんとも論理的でない、ある意味の感情的ヒステリックな対応と思えて
仕方なかったですが、
その間、同じ意見の友人たちと何とか励まし合いながら過ごしてきました。

そしてその否決というニュースを見て、友人が電話をすぐにくれた時に
「ほんとに、今まで辛かったよね~。プレッシャーが常にのしかかってたよね~」でした。

同感です。

普通の暮らしはそれなりに回りますし、回さなくては成り立ちません。
ですから表から見たら、どれだけプレッシャーを感じているかは、
なかなかすべてはわからないと思うのですが、
「常に背後にある」ということは、結構重たいです。

そしてそれを背負って暮らすのって、やはりしんどい。

どんよりと晴れ間もめったにない鉛色の空が続く季節に、
スーパーや必需品のお店くらいしか行けない。
フィットネスも、未の場合はゆけなくなって、本当に心身の健康を維持すること。
これが一つの大切な焦点でした。

そうそう、美容院も行けなかったので、セルフカットが上手になりました。笑

偽装した祝福

現実的な面では、やはりチャレンジが大きいなと思わざるを得ないですが、
でも同時に、
その状況を突破すべく、いろんな側面で意識が深堀りをしているのも事実です。

その中で、新しく夢中になれるヒーリング・モダリティに出会えたり、
ボランティアワークをしようと決めて、素敵なグループに参加出来たり、
感性の合う友人たちとの交流が深まったりしました。

捨てる側面と、育てる側面、両方あったという感じです。

チャレンジの影には祝福(認識されない)があると言われますが、
今思うと、本当にそうだと思います。

自分の資質の繊細さについて

そしてある意味、自分の繊細さも改めて感じましたし、
世界が厳しいように思える時、何が大切になって来るかも実感で感じました。
そして期せずして、価値観も変化したところがあります。

今まで大切だと思っていたものが、そうでもなくなって、
今まで興味もなかったところが、これから大切にしたいものになったり、
マインドの上でも、新旧交代が起こっていたようです。

自分自身である尊厳をいつも大切に

今まだ世界は混とんとしていて、どういう風に収まるのか、
なかなか帰結も見えません。

私たちは世界とのつながりなくては、生きて行けないのはもちろんですが、
けれどまずは、自分自身とのつながりがなければ、充実して生きることはできません。

どんな時も、自分自身とのつながりを強めて、そこから生きること。

自分自身である尊厳、大切だなと思います。

最近、なかなかブログも更新出来ていませんでした。
こうしてやっと戻って来れて、私もうれしいです。

これからの記事もどうぞよろしくお願いします♪

折々、新しいヒーリングモダリティについても、書いてゆきたいと思います。

 

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