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2020-07-14

体のリズムに合わせて自然体で生きる

コロナでの仕事のスタイルの変化

コロナがあってから、仕事の仕方が変化して
通勤なしで自宅でテレワーク、こういう方もいらっしゃると思います。

実はうちの夫も現在もテレワーク中で、その形でも特に支障なく
同じように仕事ができる業種だからか、以前のオフィス通勤へ
すぐ戻るという案でもないようです。

特定の場所に行かないと仕事にならないよりは、
選択が可能という方が、ライフスタイルとしてはより楽に
感じます。
うちの夫の場合も、オフィスへ車通勤の場合、片道40分ほど
時間が取られます。
ですのでテレワークだと、往復の1時間ちょっとが浮きます。

ワンコの体の状態に素直なあり方から

ライフスタイルと楽さについて考えていて、
ふとうちのワンコ、エンジェルに目が行きました。

うちのエンジェル、先日ヒートが終わって、さあ通常へ戻るかなと
思っていたのですが、かえって終わったあたりから元気がありません。

いつもは食いしん坊で、何も取りこぼさないようにしているのに、
いつものご飯を食べようとしなかったり、
好物のおせんべいのかけらをあげても、プイッと見向きもしません。
リズム的にもいつもよりさらにゆっくり。

生理あたりは気分も変化しますが、それはホルモンバランスが変わるため。
これがワンコのエンジェルにも作用している模様です。

先代犬の花もヒートの時はいつものご飯を食べなかったり、
同様のことがあったので、ホルモンの威力はすごい!と思っています。

体のリズムと人間はどう付き合っている?

ワンちゃんは自然のそういう作用にただ素直なので
そのまま出ますけれど、私たち人間はついそういうものを
何かと都合の良い方へコントロールしがち。
無理しすぎてしまうわけですね。

疲れていてもいつもと変わらず出勤して働かなくちゃいけないし、
乗らない気分を出して、お客様や同僚の不興をかってもいけない。

いつも同じ調子を整えてワタクシ事は出さない。
それが社会で生きる時に、心得として大切なこととされていることも
多いのではないかなと思います。

でも体って月の満ち欠けに連動していて、理性ですべてコントロールする
というものでもないですね。

もっと素直な体のあり方をお互いが認め合えて、
疲れた時は無理をしなくて良い、
人間だから気分が乗らないとき、嫌な時もあるし、
合わない人もいる。

そんな風に受けとめ合えれば、もっと生きるのが楽になるのではと
思います。

効率化を目指したライフスタイルとドイツでは?

現代になって産業革命後、効率が第一となって生み出された
仕事の在り方、そのスタイルも根本から変わろうとしていて、
今変化中のことは、ある意味、機械的になり過ぎたところから、
より人間的なゆらぎとか欲求とか、何が楽なんだろうという、
その視点を入れながら編み直してゆく作業なのかなと思います。

こちらドイツですが、もちろん社会的な活動において
個人の理由、状況ばかりを前面に出すわけにはゆかないでしょうが、
人間であるということでの波とか不調は、
案外と認められていると思います。

お客の側からしたら、そういう対応に当たると気分はよくないですが、
社会全体で、ある程度「仕方のないこと」と思われているフシはあります。

仕事自体も、ライフスタイルの一部であってそれ以上ではないという
その線引きはクリアです。
うちの近所の人はシフト制で働いているのか早朝には出るみたいですが、
昼の3時前にはもう仕事を終えて、趣味や庭の手入れなどする余裕が
その後たっぷりあります。
そして夜の10時過ぎまでテラスで家族と語らっています。

あるいはコロナの前からある男性は、かなり遠い職場まで2時間の車通勤を
していましたが、次第に毎日は行かなくてもよくなり、
家で仕事をしたりと、会社とも合意で無理のないスタイルへ移行させて
仕事も家庭も両立ということ。
こういう形はドイツでは見られます。
そこに合理性を発揮するわけですね。

仕事とライフスタイルの両立

仕事をすること=人間らしさを失うことではない。
その姿勢はちゃんとあるように思います。

そしてそもそも、ドイツ人は自己犠牲精神などはないので、
まず自分を大切にすること、そしてそれは当たり前であることは
とても明らかなことなんです。

夏休みも学校も6週間、それに合わせて親たちも休みをとるので、
連続で4週間ほど休みをとる人は多いです。
英気を養ってはじめて良い仕事ができる、というところでしょうか。

すごく無理をしなくても、体の欲求やライフバランスを大切にして
仕事をしたり暮らせることが基本となる社会が、健全だなと思います。

コロナのことで、そういう、今まで無理をしてきた部分が
巧まず見直されている、そういう時期でもあると思います。
とは言え、変化の過程はチャレンジングですけれど、
無理しすぎていた部分が、これ以上は無理となって
外の状況もあいまって、内側からも変わってゆこうとしているのだと思います。

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