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2023-12-19

癒しの核心って何?-視点が変わること

ヒーリングに出会った旅の中で

私は今ヒーリングのお仕事をしていますが、
胸の真ん中にくっきりと「霊気」と書いてあるのが見えてから、
その道が定まりました。

そしてラッキーだったと思います。
私の魂と共鳴する道だからです。

見えた「霊気」という文字があまりにもクリアだったため、
迷いもなく、それからというもの霊気を学ぶことはもちろん、
興味を覚えるものは、可能な限り実際体験したい、
そんな風にスピリチュアル探求の旅は自然に始まりました。

「ヒーリングって何?」内側の問い

外からの影響なしで、全く私個人の世界、内側で起きたことなので、
ある意味で「我が道を行く」という道でした。

指針やいつも答えをくれる存在がいたというより、
体当たり、自分の感覚とご縁頼りで、一つ一つ進んで来ました。
そうしたら、結局は全部つながっていたのねという現在です。

そして「ヒーリング」という分野に入って進んで来ましたが、
「ヒーリング」をしようと思って意識的に入ったわけでもないですので、

「何がヒーリングなのか?」
「ヒーリングを起こす要素はなんなんだろう?」と
主に体験を通して考えて来たのですが、

先日、その一つがクリアになりました。
それをここからシェアさせてください。

当たり前の顔でそこにあったのに・・・

それはまるで、目の前にずっとあったのに、意識が行かなくて、
他をいろいろ探さなくちゃと思っていたら、実は近いところにあったのだと
やっと、ふと…気づくということ。
まるで青い鳥探しみたいですが。

様々なヒーリングモダリティを経験しながら

ヒーリングのモダリティもいろいろ学び、今も探究心は変わらないので、
興味が湧いたものについては素直に門をたたきますし、
現在も深めたいモダリティがあり夢中になっています。

そして何に響くのか?ということでは、究極、他の人がいいというものでも、
自分には違うかもしれませんし、
その逆もありで、自分のアンテナをただ信頼して進みます。

他人に自分の道を代わりに歩いてもらえないのと同じで、
自分がしてこその体験。(当たり前です。でなければ体験と言いませんね。苦笑)

ヒーリングが起きるために必要なこと

そしてヒーリングに戻りますが、

人が自分の人生にヒーリングを招き寄せたいと思ったら、
大切なことが少なくても二つあるなと思います。

一つ、感性を開いて、呼んでくれているものに素直に乗って
体験すること。

そして今回書きたいこと、それが別のもう一つ。

それは、「視点」を変えてくれるものと出会うこと。

視点を変えてくれるもの

それは、意識的に、あるいは無意識的にも出会うでしょう。

私は現在あるモダリティを濃く学んでいる最中で、
そこで二人の先生に主に学んでいるのですが、
どちらの先生も多分還暦も過ぎています。

シャーマニック的には賢女的な役割を担えるほど十分な経験もあり、
ハートとマインドのバランス、スピリチュアルと現実のバランスも
取れている女性たち。

彼女たちから実際学んでいて、全部が目新しいということはないのですが、
一つ、二つ、そこに宝物を見つけられたら、極上の機会だと思っています。

「視点」の変化とヒーリング

その極上の機会からの教えとして入って来たのが、「視点」が変化することと
ヒーリングの関連です。

直接そういうテーマでの話でははなかったのですが、私がどこかで持っていた問いと
彼女の言葉が結びついて、私の中でその答えが浮かび上がりました。

言葉にすると、なんていうことのないものなのですが、
これはたくさんのピースを集めてきた中で、
ぴたっとはまったピースが増え、そして初めてクリアに見えてきた、
そんな大切なものでした。

肚に落ちるということ

今まで同じようなことは本や誰かから聞いたりして来ましたが、
そのティーチャーから聞くことで、彼女のそこに乗ったエネルギーが
ともにあることで、深く肚に入って来たのだと思います。

マインドではなく、肚に落ちました。

日々起きている視点を変えるきっかけ

視点を変えるって、日々起きています。
ちょっと車で走って別の場所へ行けば、視点は変わります。
お散歩をしてゆっくり回りを眺めながら歩いても起きます。
あるいはある本を読んだり動画を観てもそうです。

けれどこの記事で書きたいのは、より階層を深めた視点の変化。

なんらかの「A, ha!」の体験というのは、その前にすでに貯まっているものがあって、
さらに一滴落ちた時に満ち溢れるような、そんなものだと思います。

それが起きると、目の前にずっとあった石が、単に石ころではなく、
生きて語りかけて来るような、そんな変化で、何かを超えたもの。

そしてそれはある意味恩寵でもあり、自分で見つけようというだけでは
見つからない時もある。

それこそタイミングや土台が整って初めて起きてくる有機的なこと。

マインドのふるい分けるシステムから離れる

視点が変わる大きな一つとして、「善悪」で仕分けていたシステムから離れて
いかに眺めるか?というのがあります。

〇〇は良い、△△はだめ。
瞬時で私たちのマインドは、すでにプログラムされた通りに自動的に判断し、
そこに疑問を持たないことも多いです。

ということでは、視点が変化する際には、その判断システムにも変化が起きているということ。

今は波動が高くて、ほどけなかったことも解けるヒントに出会える、
その機会も増えています。

プログラムされた自動的な判断システムから離れて
いかにニュートラルに見れるのか?ということが、
本当に癒しには欠かせないと感じます。

いかに視点を深められるか?

自分自身を、人を、物事を、状況を、いかにニュートラルに見ることができるか?

シンプルに言えば、癒しがもたらされる時には、それが大なり小なり起きていて、
定義づけに変化が起きています。

自分自身や過去についてもです。

「なんであんなことをしちゃったんだろう、あんなことを言っちゃったんだろう?」という時、

その時の自分にとってそれが最善だったから選んだのだという、その時点の等身大の真実。

それを認め受け入れることで、その体験時の自分からは超えた今の自分として
非難が起こる思い出も、単にその時「間違っていた」わけではなかったのだということが
心から腑に落ちた時、癒しは起きます。

認め受け入れることで癒しが始まる

私たちが「だめだ」「ネガティブだ」と判断することで、エネルギーが凍ってしまっていたのが、
愛と理解で受け入れることができた時、またエネルギーは流れ始めるのです。

そして同時に、そのプロセスや苦しみを含めて、すべてが深いヒーリングです。
ヒーリングは、すべてのピースから成る全体です。

私自身も、自分や他者を許せないことで、とても傷ついてきました。

あるポイント、テーマになると、それが起こった時点で固まってしまった自分がいて
迷路にはまり込んでしまっているようでした。

けれどヒーリングをもたらせるのは、自分自身の受容なんです。
そして、それがあれば良いのです。

受容で凍った部分が溶けてゆく

誰かを許せない時、その許せない自分を批判して傷ついたり、
無理して許そうとしてもできなくて、心がささくれ立ったり、
表面をただなぞっているような気がするだけだったり。

そこにすっぽりと受容からの愛と理解が届くことで、初めて凍った部分が
溶けて流れてゆきます。

実際そのティーチャーは、そういうテーマで話をしていたわけでもなく、
さらりと出た言葉だったのですが、

私にとってはきっと、そのティーチャーのエネルギーと一緒になったものとして
受け取ることで初めて届く、そういうものがあったのだと思います。

すべての人の見かけの背後には、その人の経験や思いというデータがあり、
無意識で私たちはそれを理解しています。

視点を変える機会は日常にちりばめられている

ティーチャーの何気ない一言で、私にとっては「ヒーリング」「許し」について、
目から鱗的に深める尊い機会となりました。

そして私の中での統合も進み、頭で理解していたものが本物の理解になりました。

視点を変えるって、大小の、あるいはどの階層でのものか?という違いはあっても、
日々の生活を通していつももたらされているもの。

なんでもないことを栄養として、理解できる土壌が育つこともありますし、
タイミングが鍵となって解凍されることもあります。

このシフト大きな時代は、私たちの中で起きる大切なヒーリングを掬い上げ、
自身のアイデンティティやデータの刷新も、とても必要な時だと感じています。

 

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