桜に見る命の時間

他者のための人生から、自分自身のブループリントを軸に
3月から4月は桜の季節。
薄ピンクの可憐な花びらを見て、象徴された凝縮された時間の尊さも、
日本人は花びらに透かし、愛でていますね。
このはかなさが、可憐さとともに日本人に特に愛されるお花と言われます。
生を充実させて、さっと散る
実は今年の桜を見る時に、個人的な感慨がありました。
去年、弟の一人が旅立ちました。
数年間闘病をした後に、自分のお誕生日に移行しました。
弟の誕生日は6月でしたので、彼が移行してから初めての桜の季節です。
命の灯が終わる時に、どんな感慨を持ったのかは、本人しかわかりません。
傍から見て、良さそうに見えたり、そうでないように見えたとしても、
結局はその本人の内側でしかわからないことです。
人生の長い、短いで、内面の充実、やり切ったのかどうか…
それを測ることはできません。
ただ勝手にですが思ってしまうのは、
62才の誕生日に逝き、現実面、精神面で老後の準備もしていたのに、
彼の人生での重要度という意味で、人生をバランスよく充分に味わえたのかどうかと…。
同時に、肉体を超えて魂は幾生もの人生を経験するものだとして、
今回の生も彼のブループリントに添ったものであった。
全体で見て、悔いのないものだったらということ。
究極、それが一番大事と思います。
バランスよく生きられたのかどうか?
「もっと旅したかったな!」
「もっと愛犬と過ごしたかったな」
「愛する人と結婚する機会があった時に、思い切ればよかったな」
「自分のための時間をただ味わえば良かった」…
亡くなる間際、どんな思いが弟の心を横切ったかはわかりません。
けれど、命って当たり前ですが、前もっての期限がわかるものではなく、
頑健で大丈夫と思っていた人が、病気で案外あっけなく逝ってしまうこともあります。
まだまだお互いに時間があると思っているうちに、
実は残された時間切れとなることもあるのだと、弟の移行で身に沁みました。
私たちは、日常で「昨日のとおり今日も同じように過ぎて行く」と信じています。
けれど、人生の時計は、私たちの計算やマインドとは無関係に、
刻一刻と、しかし確実にそれぞれの「その時」へ向かっています。
私は弟以外に、突然の移行で驚いたという経験はないですが、
昔の友人のご主人が50代で亡くなり、友人の彼女が残された時にはやはりショックでした。
3人のお子さんというサポーターがいる分だけ、ちょっと安心した思いもありましたけれど、
でも離れて見守るくらいしかできませんでした。
50代、60代。
今まで社会で、家庭での役割を頑張ってきた人たちが、立ち止まらざるを得なくなった時の心の「空白」。
自分自身が直接、あるいは家族や友人のお知らせとして聞くこともだんだん増えて来るのだと、現実的に理解しています。
その時に、心の深みにあった箱が開いて見せて来るのは、
「私は、本当に私を生ききったかな?」という、魂からの切実な問いかけだと思います。
外側に向けて頑張り、他者の願いを自分の願いとして役割で走っている過程でも、もちろん幸せや充実を感じて生きてゆけます。
けれど、人生の深淵や期限を感じさせられた時には、もっと根源的な自分の魂からの問いが上がってくるのだと思います。
そしてそれは、他者のための人生から、自分自身の「ブループリント」に沿った人生へと書き換える、
聖なる変容(Divine Metamorphosis)の合図なのかもしれません。
変容といえば、占星術的にそれを司るのは冥王星です。
『破壊と再生』というキーワードがまず浮かぶ強力な天体です。
実は私のチャートでは、この破壊と再生を司る「冥王星」が、
太陽(自分自身)を真っ向から見据える形で位置しています。
ですから私自身も、人生で何度か大きな変容「再生(リザレクション)」を経験してきました。
33才で専業主婦で仕事も決めないで離婚した時。
39才でロンドンの1年間の留学へ飛び込んだ時。
そして40才でドイツへドイツ語ゼロで来た時。
その時は文字通り、ダンボール数箱に私の所有物は収まりました。
そんな体験もしながら、ドイツ暮らしを進めて来て、私なりに確信していることがあります。
人生の「聖なるはざま」の時期は、独りだけで耐える必要はないということです。
気力をふり絞るのはもちろん本人ですが、目に見えないサポーターもたくさんいます。
そして、出会って道しるべになってくれる存在もいます。
混沌とした過渡期の変容の海を、どう泳ぎ、どこへ着地するのか。
その大きなテーマの時の、ある意味その「抜け方の作法」を知る者の伴走は、
時として、次に開いてゆく章を全く別の次元へと引き上げる「触媒」となります。
肉体を超えた先へ持っていけるのは、どれだけ「正解」を選んだかではなく、
どれだけ「心置きなく、自分自身の命に手を伸ばしたか」という経験の記憶だけ。
そして自分を信じる勇気。
あなたは今、どのような魂のフェーズにいらっしゃいますか?
その人生の踊り場での空白の聖なる「意図」を、
共に紐解く準備はあなたの内側では整っているのではないでしょうか。









