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2026-05-05

クンツァイト色の着物

『日日是好日』に学ぶ変容の作法

お茶の記憶と、月日を重ねての『次の扉』

 

森下典子さんの『日日是好日』を手に取ったのは、実は日本の伝統への興味ではなくて、横道から。

昔のフランス語の書体のカリグラフィー。それを学ぶ題材として。

自分が選んだ表現で提出作品を仕上げるという課題があり、そのために選びました。

 

日日是好日は、その時日本語とフランス語で出版されていたので、

フランス語を知らなくても、照らし合わせれば気になる箇所は理解できるだろう。

こんな気持ちだったんです。

 

けれど、カリグラフィーの題材とは言え、自分に響く言葉を選びたかったので、日本語の本を読み、

映画にもなっていますので、そちらも興味をもって観ました。

樹木希林さんが出演されてました。

映画ではお茶道具などすべて本物が使われたということで、なるほど、品の良い贅沢な仕上がりだなととても楽しめました。

 

そして、この映画の主人公のように若き日にごく短くかじった時のことを思い出しました。

主人公の森下さんのように、私は続けることもできず、生活の変化をきっかけに、あっけなくやめてしまってそれっきりでしたが。

それでも、旅先の京都でお茶会に集う女性たちを見る時など、その醸す柔らかくしっとりした雰囲気は、いつも憧憬を感じる対象でした。

 

私が茶道の門をくぐったのは、結婚して、転勤してそして戻り、新しい場での生活に馴染みたいと思ったのが理由でした。

結婚してしばらく、時間を持て余すことが多く、その時開発した楽しみが、今も続く「カフェ詣で」と「習い事」でした。

それは当時の私のような転勤族である場合、入りやすい入り口だったのです。

今と違ってネット検索などない時代でしたから、ご近所の先生を電話帳で調べて電話でアポイントを取り、まずは伺いました。

 

そして見知らぬ先生のお宅の門をくぐるとき、とっても緊張したのを覚えています。

対応くださった先生は、当時はきっとまだそんなに年がゆかれていなかったと思うのですが、

20代だった私にはとても年上の方に見えました。

それに普段からお着物で過ごしていらっしゃる先生でした。

実はこれにもびっくり。

 

普通に着物を来て日常をされていた先生は、着こなしもすごくこなれていて、

もちろん着物もハレの日に着るような絹ものではなかったと思いますが、

色も地味ながら、常にお召しがゆえのこなれている感じが新鮮でもあり、感動でもありました。

ヘアもすでにグレイヘアだったのを簡単にお団子にしただけ。

華美な要素はまったくなく、私たち以前の世代の女性たちが、きっと普通の日常の服として着ていた、その感覚だったのだろうと思います。

入門の動機などや日常の話題など雑談をしながら、静かな茶室でお茶を立てていただいたのも覚えています。

 

そして、無事入門させていただき、お稽古に通っていたわけですが、もう一向に覚えられない。

そんな自分に正直ジレジレして、楽しいなとも思えなかったですけれど、新鮮な世界の様々があまりに多くて、好奇心も刺激されながら。

優雅な世界に憧れて門を叩いたものの、現実は、左右の足さえ分からなくなる自分への落胆の連続でした。

お点前をして先生に見ていただく時も

「こんなこともまだできないの?」と思われるかなと内心緊張するのです。

 

先生は、「お茶の作法、動きには理屈が伴っているのよ。動きに理に適うというところがあるの。」とおっしゃるのですが、

私の頭の中では、「こうやって、ああやって・・・」と忙しく、

全然リラックスもできないし、前後の流れを俯瞰して見る余裕など全くなしでした。

毎回同じことを繰り返しても、一向に覚えられない自分に呆れて、お稽古帰りも、正直「あーぁ」と思ったものでした。

 

そしてそんな初心者の頃、新年の初釜があり、先生手ずからの懐石料理もいただくことができ、

お茶の世界を身近で拝見させていただきました。

先生はご主人亡き後、茶道を心の支えに暮らして来られたのか、お子さんもいらっしゃらなかったこともあり、

おうちをすべてお茶仕様にしていらっしゃったのです。

お庭もお手入れされていましたし、お台所も懐石をつくる際に使い勝手が良いようにしてありました。

緊張しながらも、その特別な雰囲気を吸収させていただき、それはいまも私の中で褪せないものとして心の中に納まっています。

 

そして、女性ってこういう特別の席での自分の着たもの、他の人の装いなどよく覚えていますが、

私もその折りの着物のことはよく覚えています。

着物通の先生にもとても褒められた「桜色」のような色無地だったのです。

桜色と言っても、ニュアンスのある、石で言えばクンツァイトのような抑えた淡いピンク。

自分でもとても気にいっていた着物でした。

先生も山吹色のような少し華やかなお召しもので、小学生で参加していた子は、とても可愛い柄のものでした。

お正月という華やかに集う席のきらめきが、やはりうれしかったです。

 

そして、そんなお正月をもう一回くらい体験できたのだったか、けれど長く続ける前に生活の変化のためにやめてしまって、

そのお茶の世界は私の思い出の中だけになってしまいました。

 

その時に印象的だったのは、毎回、先生がお庭からお花を選んで飾り、その説明をして下さったり、掛け軸の説明、器の説明などして下さり、

私にはちんぷんかんぷんだったのですが、お茶の世界の総合的、そして深い世界を垣間見せていただき、次元が違う世界のように感じたこと。

豊かといっても、キラキラではなくて、ある意味すごく地味でありながら、

心の細やかな世界で息づく呼吸のようなもの、雰囲気がやはり素敵だったこと。

 

そして先生がおっしゃった

「茶道の動きには理屈があるのよ」ということ。

これは何度もその後も反芻しました。

 

そして映画の方へ戻ると、主人公の森下さんは茶道を続けながら、そして何らかの「一つになる」体験をされ、その真髄をつかまれたようですね。

本で印象的だったのは、雨の日のお稽古の時「雨と一つになっていた」と書いていらっしゃったところ。

深い意識を開く可能性のある場所があるとして、茶道というものを学ぶことで、そこへ入る招待状をいただく。

そしてそこから入って、少しずつでも進む中である時に今まで見えなかったもの、聞こえなかったものが感知される。

即席ではない、熟成された時と心の両方が出会っての一期一会。

 

私は今、大人女性の変容の扉、章を開く触媒(カタリスト)としてスピリチュアルなお仕事をしていますが、

森下さんの本や映画に込められているものは、まさにそのプロセスのように思いました。

お茶の先生が、一服のお茶に季節のすべて(宇宙)を込めたように、私もまた、クライアントさんの宇宙に寄り添っています。

 

お稽古の一回一回で、何が具体的に得られるということでもなく、けれどその場に在ること、在り続けることを通して、しっかり練られて行くものがある。

そしてそれが心の在り方、「作法」となった時に、実はその地味なちょっとずつの中で、いかに自分が変化していたのかにふと気づける時が来る。

 

それはものの見方の感性の深まりかもしれませんし、小さなことを通して宇宙を知ることかもしれません。

お茶の世界には、ミクロコスモス、マクロコスモス。

このつながりが生きていると感じます。

 

私は残念ながら、お茶を通してそれを見つけるという道は選びませんでしたけれど、

けれどごく短い期間でも、その神髄に触れることができた、その先生とのご縁には今も感謝しています。

 

丁寧な暮らしぶりと佇まいに、先生の良い意味のこだわりと核を感じ、そんな風に生きられるのだと教えてくださったひとりの女性として、

大きな影響を受け取っていたのだと思います。

 

大人女性の人生でも、五感を大切に、そして自分を認め、

丁寧に小さなこと、日常から次元をつないで、より深遠な宇宙や多次元へと紡いでゆく。

そんな濃くて特別な時間が存在します。

 

それは時には、有り余る時間、使い方のわからない余白。

こんな風に感じるかもしれませんが、それこそが、魂の章が始まっている証。

今まで現実でいろいろ頑張って実現し、成し遂げてきた女性だからこそ、

その次の扉を開けるご招待が来ているのだと思います。

 

かつて時間を持て余していた私が、お茶の世界を垣間見て世界を広げたように、

今、人生の踊り場で立ち止まっている方に、

その余白は

『自分を生ききるための準備期間』なのだとお伝えしたいのです。

 

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