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2019-04-03

セッション・コンサルテーションでのポイント

 

私たちは何か人生で大きな課題があると感じるとき、専門家や友人、頼りになる人へ相談したいと思います。

自分なりにいろいろ考えても、堂々めぐりだったり、そもそも、解決策が思い浮かばず八方ふさがりだと思うとき、選択肢を絞れないときなど、どこかに、なにかに、誰かに、指針にすがりたい気持ちになるのは、人間として否定できません。

大きな変化のときは、たいていが今まであった枠組みが、崩れてゆくことから始まりますから、新しいものがまだ出現していない段階では、土台が崩れる不安や恐怖、それだけを感じやすいです。

今までの自分の頭では解決策が見つけられないとき、ある意味藁をもすがる思いで、確としたものにすがりたいと思うものです。

私自身もこれまで折々に、あるいは自らも学ぶ傍ら実践という経験の場を見せていただく側面もあり、占星家やリーディングをする方にセッション、コンサルテーションを
お願いしてきました。

そしてそれらを振り返りながら、また現在、占星学の学びを深める身として、守りたい、あるいは目指したい原則があるなと思いました。

それは・・・
占星家自身が、なるべくニュートラルで在り、余計なストーリーを持ち込まないこと

これはエネルギーワークにもそのまま言えることですが、この、簡単に聞こえることを整えるため、提供者は努力するといっても過言ではありません。
なぜなら誰もが自分なりのフィルターがあり、今まで集めてきた信念体系があり、知識自体も何かを拠り所とするからです。

それが双方一致すればいいですが、そういうことばかりではないでしょう。

なにしろ、人間としてそれぞれが自分なりの眼鏡をかけて体験して、これまで生きてきているわけですから・・・

ですから、努力するといっても、ほんとうにニュートラルになれるというより、意識的になる、自分の癖を知っておく、自分の感情の波を知っておく、自分にとって心がぐらつきやすいポイント、テーマを知っておく。
こんな風なところから、なるべくそれが影響しないような方法を、自分なりに工夫することかなと思います。

先日占星術のテキストを改めて眺めていて、ある言葉に響きました。

「前提的仮定を持たない重要性」

平たくいえば、色付けされた目で見ないということかと思います。

占星家なら、たとえば「こういう天体がこういう配置の人は、○○」
「こういう事象のときは△△」
実際、こういうことを聞きたくて私たちもついすがってしまいますし、占星学を学ぶ過程で、たくさんのそういうことに接するのも確かです。

さまざまなデータなりがある。
それでも、「こういう人は○○」と、はじめに何かしらの先入観があって、そこから話を紐解くのと、ニュートラルな目で眺めてゆくのとでは、きっと受ける人の感じが違うはず、ゴールが違うはず。。。

そういう意味では、何か精緻な情報や知識があっても、それがすばらしいセッションの一番大切なこととは言えない。
知識をどう使うか。
あるいは、受け手にとっての役に立つストーリー作りが究極できるかどうか。

私自身もいろいろ受けて来て感じるのは、そのセッションなりコンサルテーションをする人なりの、知らずこめられてしまう相手に対するストーリーを、受け手はより繊細にキャッチするのではないかなということ。

ストーリー作りには、その人の価値観、信念など自分で意識しているもの、プラス、自分でも意識していないものも含み、それを十分咀嚼して、消化しているということは、
仕事の範囲と切り取られるようなものではなく、人生を通してのより大きなものになってしまうわけなのですけれど。

また、セッション、コンサルテーションという機会の中で、なんらか双方が、出会うべくして会い、必要なことを与え受け取りあい、共鳴の法則も働いているのでしょうから、究極、その観点では過不足もないわけですね。

それでも、そしてたぶん難しいことであっても、なるべくニュートラルな状態で双方が出会いたい、こんな風にも思います。

これは知識を蓄える、磨くという段階の努力ではない、さらに大切な磨き方のひとつかな・・・と思います。

フゥーー、大きなことだなと、普通の人間として感じるところもありつつ・・・それでも目指したいことだなと思います。

 

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